歌花史庵 かかしあん

equo voyage:熊野の長藤

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熊野の長藤(ユヤノナガフジ)
所在地:静岡県磐田郡豊田町池田
電話:0538-34-0344
熊野寺
属性:昭和七年、天然記念物に指定
特徴:樹齢数百年、熊野御前の植えた藤の末裔
    葉は花の後から出る
    花は通常四尺内外、年により五尺以上
    公園のような広い境内に伸び伸び蔓を伸ばし
    太陽が見えないほど咲き、茂る
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熊野御前(ゆやごぜん)
千二百年頃、藤原重徳が紀州熊野権現に祈誓を懸けて授かった神の申し子とされる。
幼少のみぎりより才色に秀で、両親に使えることは至孝、情の深いことも知られ、当時の婦人の手本と噂された。
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1180年、十五歳のとき、将軍平宗盛に召し上げられ、上洛。
侍女から女官へ累進し、内外の敬愛を集めた。
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数年後、母の病気を知り、母を想う書をしたためる。
暇乞いは容易には認められなかったが、寿永ニ年三月、東山観桜の席に共を命ぜられ、その席上で母を慕う歌を詠んだ。
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いかにせむ 都の春も惜しけれど
なれし東(あずま)の 花やちるらん
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さしもの宗盛もその切々たる歌には心を動かされ、ようやく帰郷を許された。
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母の病気は熊野御前の手篤い看護で治癒するも、再びの召し上げには頑として応じなかった。
寿永四年、平家滅亡。
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文治元年、父重徳死去、三年後の建久元年、母死去。
相次いで親を亡くした熊野御前は深く悲しみ、髪を落とし、自宅を念仏道場として平常信仰していた十一面観音(恵心僧都作)を本尊とし、仏門に入る。
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八年後の建久九年五月三日の暁け方、
「私没後女人の病気に苦しむひとで、私の墓に訴えてくれたなら、我が魂魄(こんぱく)必ず十一面観世音の妙智力を藉(か)りてその願望成就さすこと疑いなし」
との遺言を残して一生を終えた。
享年三十三歳。
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それ以来、長藤の元には多くのひとが集い、花の芳香は皆を優しく包む。
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by ekoekolove | 2008-04-30 03:30 | 繪子譚日日新聞