歌花史庵 かかしあん

清流のほとりで

ミニスカートに、当時はセレクトショップにしか置いていなかったルーズソックス
表参道や渋谷のヘアサロンでカラーを入れた髪。

週末はクラブやライヴハウスで夜を明かし
親が知らない秘密もたくさん。

そんな高3の夏休み、幼馴染と18切符を買い
松本を拠点に旅をした。
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一番思い出深かったのが勝沼と、ここ、安曇野。

すれっからしと思われても仕方のない女子高生ふたり
田舎への憧憬は人一倍だったと思う。
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その時の、眩しいばかりの田畑の記憶が強すぎて
安曇野は電車を降りてからずっと、山葵田が続いていると思い込んでいた。
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実際の山葵田は、大王わさび農園の中だけらしい。
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黒澤明監督の作品にも登場すると云う、水車。
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藁葺屋根の水車小屋。

藁葺屋根なんて見た事がなかったから、これを見ていたとすると
大騒ぎをしていたと思う。
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けれど、延々と続く、青い山葵田の間を歩いた記憶しか、残っていない。
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今回は、きれいな川に心を惹かれた。
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道祖神の招きにあひて
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奥の細道は中学の古文で習った。
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幼馴染の友達も、その頃同じクラスだったように思う。

あの頃、今の自分たちの姿を
想像出来た子が何人いただろう。
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暗がりすらいっそせいせいとした川。
こんな川にひたすら憧れていた子どもの頃。

自然は確実に破壊されて行くけれど
まだ残っている。
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闇を照らすのは光ではなく、闇の中に光を見出す、自分自身。

みんなはいつ、そんな事に気付いたのだろう。
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澄んだ水は、何もかも映す鏡。
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ゆく川の流れは絶えずして
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ひとの営みにも似ている。
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忘れな草が群生していた。

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背中に怪我をした、金色の魚。
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山葵は活き活きと、天に向けて葉を広げていた。
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再び訪れるとは、思ってもみなかったあの頃。



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ほうとう記 31 問わず語り


この日記も、昨日で31回目だった。
甲府に来てひと月かぁ。

今更気付いたので、昨日9月7日の日付でなんたら語つてみやうと思ふ。

あ、そうそう、ほうとう記は基本的に日記です。
気分次第で、その日の事を綴ったり、語ったり。

ちなみに昨日は一日、寝ていました。

最近週末にお出かけすると、月曜は体がしんどくて動けません。
昨日はお昼まで眠っていて
午後ははぐれ刑事純情派がつきっ放しの状態でうとうとしたら、変な夢を見て
その後は相棒をぼーっと見て
夜、ぬるいお風呂にゆっくり浸かったら、やっと体がほぐれました。


でも、何かいつも考えている。


ここのところ考えるのは以前ふと思いついた命題

演技とは振りをして演ずるものなのか
はたまた
その役になり切る事なのか


これは、演技にも色々な種類があるから
このふたつの選択肢では全然足りない。


あたしが習い、体験して知っているのは、オペラでの演技。

これは独特のやり方があるので、機会があったらまた今度。


今日は、ドラマや映画などで行われる、リアリティある演技に対して
視聴者の立場から物を申してみたい。


ちなみにあたしは、オペラアリアではない曲を歌う時も
演技はする。

演技と言っても、身振り手振りは自然に動くまま
考えている事は、歌の中に流れる感情に浸っているだけ。

あたしの考える演技とは、このようなものだ。

再三書くけれど、オペラはこれに遠目にも解り易い所作が加わり
こう動くとこう見える、のような技術的なものも加わる。


これはオペラ以外での舞台芸術にも共通して言える事だろう。

ただ、この近くで見ればわざとらしい動きを、TVドラマなどでも頻繁に目にし
その度にチャンネルを変えてしまう。


どうして今、こんな事を書き出したのかと言うと
東京での生活では、一切TVを見ない。

映画ももう何年も見ていない。

ところが、平日の甲府生活では感覚的刺激が乏しく
音でも聴こえないと窒息しそうになる。

だからTVをつけている事が増え、目に着く点も増えたと云う訳。


今見られる番組の中で、好きなものは相棒の再放送。


サブキャラの中には、舞台出身ではないかと思えるひとが何人もいる。

でもこのドラマだけは、振りをしているようには誰も見えない。

理由のひとつとしては、このドラマでは
キャラクターが確立されている。

思うに、役者さんたちは、この現場ではご自分の役に入り込むのではないだろうか。

たまにいつもとは違う、隠れた性格を覗かせる事があっても
あくまでもそのキャラのまま、普段は抑えている感情を出しているにすぎない。

台本の中に、こんな一面もある、と判る部分があったとしても
感情を抑えてこんな性格のひとを演じています
と云う風には決して見えない。

中でも秀逸なのは、やはり水谷豊さん。

あたしは、有名な傷だらけの天使を知らない。

相棒の中の彼しかほぼ知らないに等しいので、他の作品はこうだった
と言うご意見は勘弁して下さい。


水谷さん、もとい、杉下右京は、いわゆる英国風紳士。

上品で洗練され、知的。

けれど決して、冷静ではない。

いつも感情のままに行動している。

そうだ、と云う思いつきの言葉をしょっちゅう口にするし
ぼくとしたことが、とあとから気付く事もあり
激昂する事もしばしば。


一見表情が読めないけれど、実は温かい人物
ではなく
上品な素地はあるけれど、熱い男
と云う人物像を見事に演じている。


演じる。


彼は本当に、演じているのだろうか?


杉下右京と云う人物像を、飲み込んで吐き出しているのではないだろうか。


激昂する場面では、口角から泡を飛ばし
呂律がしかと回らない。

これは、この方がリアリティがあるから、と決めているのだろうか。


あたしにはそう見えない。

もちろん、まだお若かった頃は、演技とはこう云うものと云う
定石のようなものがあったとは思う。

でもそれは、たくさんの引き出しの中にしまわれてゆき
いつの間にか引き出しは溶け、体の中に色々な要素が溶け込んだのではないか?


誰しも、台本を読んで、ここはこう演技しよう
そう思い始めた時点で、演じると云う行為は別の次元へ移行してゆくのではないか。

つまり、そこのト書きに書かれた行動に、当て振りをしているだけにならないか。


その点、パンパンに詰まった引き出しが弾けたひとなら
演技の在庫は体の中にある。


そのセリフを読んだだけで、その演技は成立するのではないか。


もちろん、役者本人の日常生活にはない人物を演じる事もある。

けれど、そこで頑張って習得したんだな、と云う素顔が見えてしまうようでは
役者として失敗であろう。

水谷さんの英国風紳士っぷりは板に着いていて
普段からこんなひとなのかも知れない、と思わせる。

もしかしたら本当にそうかも知れない。

激昂と云う動作は、蘭ちゃんとの生活ではしそうにないので
あれだけは演技なのだろう。

しかし、英国風紳士がキレたら多分あぁなるだろうと
自然にその流れに持ってゆく。


やっぱり、うまいんだなぁ。


今週末は、喜多川歌麿の役で時代劇をやるそうなので
とても楽しみだ。


このひとの演技嫌い、と云うのは、実名は控える。


一番気になるのは時代物の映画やドラマで
大切な場で、芝居がかった声色を使い、所作を正すのは理解できる。

実際武士や公家はそうしたものだったと思う。

けれど、何気ないシーンでも、3000人も入る舞台でのお芝居のように
解りやす過ぎる演技をするのは、見ていてこちらが恥ずかしくなる。

武士は涙を流したりはしないものだろうし
逆に言えば、泣くとはよほどの事。

子どものように泣く方が生きた人物に見える。


そんな感情の照り振りが上手だと思ったのは
小沢征爾さんのご子息、小沢征悦さん。


彼の出ている作品はふたつしか見ていないけれど
どちらの作品でも、誇り高く力強く、高潔な男を演じ
それでも流される感情に、翻弄されるさまを見せてくれた。

嘘の涙には釣られない。

心からの悲しみは伝わって来た。


もうひとり、安心して見ていられるのが内山理名さん。

どんな時代の人物でも、違和感なく舞台装置に溶け込み
ささいなシーンにもその時代の女性はかくあるのか
と云う姿を見せてくれる。

自然な振る舞いが上手な彼女だけれど
その分、感情が迸った時の迫力は、胸に迫るものがある。


小沢さんも内山さんも、ベテランの水谷さんも
自分に嘘をつかずに、その場面を演じるから
視聴者にも迫って来るものがあるのではないだろうか。

視聴者は馬鹿ではない。

嘘の演技はちゃんと解る。


中には、大袈裟な演技を上手だと見るひともいるだろうけれど
それは好みの問題であって、上手い下手ではないのかも知れない。

それに、わざとらしくて鼻につくひとは
TVではあからさまに批評はされないけれど
ネット上では相応の評価を受けている。

それでいいのだと思う。

好きな役者さんばかりが出ている番組がたまにある。
製作側も好みがあるのだと思う。


最近見る物がないと思っていたけれど、それぞれの好みに合う番組があれば
ドラマや映画の業界はすたれないのだろう。


何がいい、何が悪いとは思っていない。


けれど、好き嫌いは激しい。


他にも大好きな役者さんはたくさんいるけれど、限がないのでこれくらいに。


ちなみに古畑任三郎の臭さは好きです。
by ekoekolove | 2009-09-07 21:01 | 繪子のお散歩